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東京地方裁判所 昭和40年(合わ)334号 判決 1965年12月10日

被告人 桐野正春

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中、三〇日を右刑に算入する。

押収してある布製バンド一本(昭和四〇年押一、七〇二号の一)を没収する。

理由

(認定事実)

被告人は、昭和三九年八月頃から木村久仁子(二一才)と同棲していたが、異常なまでにしつと深く、同女の男性関係を邪推しては、再三にわたつて同女に対し暴力的な仕打ちに及んだところから、同女が昭和四〇年九月初め頃実家に帰つてしまつたため、別居生活のやむなきに至つた。ところが、被告人は、同女に対する未練絶ち難く、同年一〇月一一日夜半頃、同女を勤務先からの帰路で待伏せて東京都北区滝野川六丁目六一番地金山方の被告人居室に連れ込み、復緑を迫つたが容れられぬまま共に一夜を過ごし、翌一二日午後零時頃、再び同女に復緑を懇願したところ、同女がすげなくこれを断わつたため、同女に被告人の所へ帰つてくる意思が全く無いことを知つて憤激し、とつさに同女を殺害しようと決意して、自己のズボンから布製バンド(主文3の物件)を抜き取り、これを横が中の同女の頸部に巻いて強く締めつけた。ところが、同女が両手を胸附近で固く握つてふるわせ、顔も赤くなつてゆがみ、また足をばたつかせて苦しがつたのに驚き、はつと我に返えり、どうせ殺したところで一緒になれないのなら、殺さないで助けて別れたほうがよいと考え直して、同女に対する殺害行為の継続を思い止まり、右バンドをゆるめ、直ちに同女の顔に水を吹きかけ、あるいは濡れたタオルを同女の頭に載せる等の措置を講じたけれども、依然、同女が苦しみ続けていたところから、近所に住む雇主の横地富士雄方に走つて、同人に対し、同女の救護につき助力を求め、同人の指示により隣人に救急車の手配を依頼するなどして、同女に応急の治療措置を受けさせた結果、同女に対しては加療約二週間を要する顔面うつ血の傷害を負わせたに止まり、殺害するに至らなかつたものである。

(証拠)<省略>

(中止未遂の認定)

検察官は、本件は驚がくのあまり絞めるのを止めたのであるから障害未遂である旨主張する。

ところで、被告人が右絞首行為の継続をやめたのは、驚がくに端を発していることは前示認定のとおりであるが、被告人は右驚がくの結果、もともと被害者に対する愛着のあまりの行為であつたから、強く意識をゆり動かされ、自己の行為の無益さを悟つたうえ、右絞首行為の継続を思い止まつたものであることも、前示認定のとおり関係各証拠から明らかなところである。そうすれば、本件驚がくは、これによつて身体の硬直を来たすなど、被告人の行為継続に障害となるべき状態をひき起こしたものではなく、被告人に反省の機会を作つた一つのきつかけに過ぎないのであつて、右被告人のやめた行為は、右の反省にもとづく任意のものであると考えるのが相当である。

しかし、他方、被告人が右のように思い止まる前にすでに被害者に加えた行為は、被害者の生命をとりとめるために、病院の治療もさることながら救急車内での酸素吸入が大いに役立つたという事実(石川洋平の司法警察員に対する供述調書)に照らせば、それだけで充分に同女を死に致す可能性を有したものと認められ、そうだとすると、被告人について中止未遂の成立が認められるためには、さらに、被告人がすでに加えた前記行為に基く死の結果の発生を積極的に阻止する行為にでたことが必要であると解せられる。

本件の場合、被告人が結果の発生阻止のためにとつた措置は、前示のとおりであつて、直ちに自分が被害者を医師のもとに連れていくとか、医師を現場に呼ぶなどの措置を講じなかつたとはいえ、経験豊かな人間に助力を乞い、その指示に従つて行動したことは、知識経験に浅く突如このような事態に遭遇した被告人としては、なしえた最善の措置というべきであり、またその措置は、前記のように救急車内での被害者に対する酸素吸入が結果発生阻止に資すること大であつたという事実に鑑みるとき、有効適切なものであつたといいうるのである。

そうすれば、被告人は、被告人自身が結果の発生を積極的に阻止する行為に出たと同視しうる真した努力を払つたものと考えられ、その行為は、前記の絞首行為の継続を任意にやめた行為と相まつて、中止未遂の要件を充足しているものと認めるのが相当である。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法二〇三条、一九九条にあたる(有期懲役刑選択)。中止未遂であるから、同法四三条但書、六八条三号により法律上の減軽をする。同法二一条(主文2)。同法一九条一項二号、二項(主文3)。刑訴一八一条一項但書(訴訟費用は負担させない)。

(裁判官 戸田弘 野口昇 永山忠彦)

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